都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

ドンガバチョ

小学生のころ、夕方5時45分は『ひょっこりひょうたん島』の時間でした。

二年生の私には、活火山だとか海流だとか設定がよく分からないんだけど、毎度流れるテーマソングが補っていて、島が船みたいに動くらしいということは掴んでおりました。

言葉の意味が分からないものの、インプットされていくボキャブラリーは数知れず。

摂政や関白という役職があって、どうやらそれは偉いらしいというのを「摂政関白太政大臣藤原のドンガバチョ・ゴム長」で知りました。日本史を知らなくても覚えるんだ、これが。

今、思えば、子供向けのミュージカルだったんですね。やたらと劇中歌が多かったのを思い出します。

楠トシエとか中山千夏とか、懐かしいねぇ。

「みなさーん」と演説するドンガバチョは、多国籍語を操る藤村有弘氏で、タモリの四カ国語麻雀のルーツみたいな声優さんでした。知的で上品な笑いを運んでくれたのです。

ネット検索すると、主題歌をモーニング娘。がカバーしてました。これが実に楽しい。→https://www.youtube.com/watch?v=-V00wFBhVkg

改めて、子供の心をギュッと掴む名曲だと思います。

 

番組が打ち切りとなったのは、国民全員が郵便局員であるという仮想国のパロディが行き過ぎて、その国の大統領自身が郵便物を盗むというストーリーがNHK監督官庁である郵政省(現総務省)を刺激したからだと言われています。

ちょっとビックリだけど、そこはそれ、接待が足りなかったのかもしれません。やれやれ。

 

 

検事の本懐

「I love you」という文章を「惚れちょるけんね」と訳しているうちは、英語教師止まりでありまして、これを「月が綺麗ですね」と膨らませることができれば、それはもう夏目漱石なのであります。作家の表現力とは、そういうこと。これは、行間を読むという能力でありまして、優秀な刑事や検察官に求められる才能でもあります。だからこそ、警察小説は馴染みやすいと思っています。

 

『検事の本懐』(柚月裕子著・角川文庫)は、犯罪を事実と法の照らし合わせだけで処分するのではなく、なぜこの罪が生まれたのかという深い部分にまで目を凝らし、事件と向き合える者こそが優れた検事であると考える作者が、理想とする人物を主役に据えた名作です。

司法に関係する人たちは、競争社会で勝ち抜いたエリート揃いなので、思っている以上に上昇志向が強く、時として本質を見誤まう。確かに、人を評価する場合、量は絶対的だけど、質については判断が難しいため、好き嫌いの領域に入り込んでしまいます。M1の審査が難しいのと同じ。

だから、普通だったら評価されにくいキャラクターが輝いたりして、胸がすくってこと。なるほど、少数派に光を与えるというのが、作文のコツなのかもしれません。当たり前じゃないことをどれだけ思いつけるかが、勝負です。

そういう意味で、柚月裕子氏はヘンな人です。そして、とても魅力的な作家です。

本編は、第二話『罪を押す』と第五話『本懐を知る』が秀逸。90点でいいでしょう。

同時セーフ

相撲の場合、行司が勝ち負けの判定を下しますが、差し違えると大変なことで、進退伺いを出したりします。

実際には、どっちだ勝ったか分からないときもあるわけで、その場合は取り直しという道も残されています。

競馬では、同着という判定で配当を折半にしたりしてますし、水泳では、決勝レースへ進む8位の選手が同タイムのときは、その選手同士で再レースを行います。

それじゃ、野球の場合、どうなるのか?

三角ベースの子供たちは、負けてる方が有利になるよう合理的な解決策を講じておりましたが、実際には同時セーフかアウトか?

公認の野球規則では、バッターアウトとする項目に「バッターが第3ストライクの宣告を受けた後またはフェアボールを打った後、1塁に触れる前に、その身体または1塁にタッチされた場合」とあります。この解釈の延長上に、同時は含まれていないから、セーフであるという理解になっています。

プロ野球では、リクエストという制度を取り入れて、微妙な判定をビデオで見直すようになりましたが、ポイントは同時セーフにあります。つまり、微妙なときは、攻撃側が有利だっていうこと。

だけど、あれだけ大勢の観衆の前で、判定を覆されるのって、屈辱的でしょうね。

イチケイのカラス』を見ながら、そんなことを考えました。

地球最大の決戦

週末の映画は、『三代怪獣 地球最大の決戦』を。これは、1964年12月東京五輪直後に公開されたもので、後の怪獣ブームに繋がっています。

うーん、違う世界の物語でありました。奇想天外、荒唐無稽。貧乏な様子を隠そうとしない潔い子供って感じ。昔はそういう純粋さが、そこかしこにありました。楽しければ何でもありだと。スタッフに理科系は存在しません。

例えば、飛行機のドアを開けて空中へダイブする王女、チープな国会議事堂に手書きの役職表示、国会で突然歌い出すザ・ピーナッツ、出前ピザみたいにあっという間に駆けつけるモスラの幼虫、VIPの存在をものともせず悪者が侵入する隙だらけのホテル、なぜか日本語で会話する外国人、闘っていたハズなのにモスラの説得により突然相談し合うゴジララドン、世紀末みたいに押し寄せる怪獣たちを覚悟して受け入れる冷静な市民、ハデに登場した割には攻撃力が不足しておりキングギドラに岩を投げるしか手段がないゴジラ金田正太郎みたいに拳銃を撃ちまくる人たち、ローマの休日のパロディみたいなエンディング…いろんなやりっ放しが解決しないまま、めでたしめでたしとなります。有無を言わせない。

その昔、エンタメ業界を支えていたのは、文化系の人々でありました。88点。

任侠病院

お医者さんになるには、大学の医学部に入学しなければいけません。

そのために、たくさんの時間をかけて勉強します。学校の授業だけじゃダメで、予備校でテクニックも学ばなきゃならない。私立へ行くには、表とウラとお金が必要です。だから、金持ちの子供でないとなかなか。なので、開業医の親たちが名乗り出るという図式です。開業医の子は開業医。

医学部に入るため、運動も音楽もやらなかった青春を取り戻そうとする反撃の狼煙は、女性たちとの交遊へと向かいます。だけど、遊び慣れていないので、イケてる女性には相手にされません。そこで、お金に執着するようになります。クルマもね。

そうなると、勤務医なんてやろうとは思わない。儲かるのは開業医。親父の跡を継いで看護婦は顔で選んで、多めに雇うハーレム状態、ウヒヒ。

そんな人が多いです、開業医は。

診療報酬のレセプトが未だにオンライン化されず、手書き処理で水増し請求が横行しているのは、医師会の圧力によるもので、その医師会の中枢にいるのが開業医だってことです。つまり、経営的に見ると、合理化から程遠い病院は、スキだらけでありまして、そこのところを風刺しているのがシリーズ『任侠病院』(今野敏著・中公文庫)です。

痛風のプロ患者である私は、引越しのたびに主治医を変えるので、医者を見る目も(身体も)肥えてまいりました。

うーん、開業医は総じて問題を抱えております。普通の商売と根本的に違うのが、ウェルカムの精神です。ありがとうという気持ちがない。そして、部下への指導・教育は、ベテラン婦長か自分の妻かに任せっきり。ここにも経営的な視点はないのであります。賢いからと言って、よき経営者かどうかは別問題なんだけど、いつまでも万能感を引きずっているのがまた、開業医です。

だからこそ、ツッコミどころ満載で、今野敏氏の面目躍如となるわけです。相変わらず面白いですよ。87点。

赤い砂

「一匹でも見つけたら、その五十倍はいるんです」

このキャッチコピーをどれほどの責任感で書いているのか分かりませんが、いますよね、コードネーム“G“。昆虫界の抱かれたくない虫ナンバーワンの嫌われぶりは、圧倒的です。

だからこそ、これをやっつける商品は、安定して売れる。もしかして、絶滅されては困るなんて思ってるかもしれません。

怪しいぞ、ナントカ製薬害虫駆除推進部。君たちは、衛生的でない住宅地を中心にこれをバラ撒いて来なさい、なんてね。

クスリ業界関係者は、いつまでも治らない方が有難いと、最初からそう思っているのではないか?

パンクしないタイヤなんて、作っちゃいけないと学んでいるような気がします。

 

「ウィルスは純粋な生物じゃないから薬では殺せない。抗生物質でもダメ。対症療法をしながら人間自身に備わった『免疫機能』に頼るしかないんだけど、新種の、しかも強力なウィルスには歯が立たないことが多い。そこで、ワクチン開発になる」

 

この文章が書かれたのは、2003年だと言います。伊岡瞬氏がデビュー前の会社員時代に、新人賞応募のため執筆したけれど、陽の目を見なかった作品でしたが、「そう言えば昔、こんなのを書いた」と編集者との雑談の中で、今ならいけると浮かび上がったものだそうです。それが、昨年11月に文庫版への書き下ろしとして出版された『赤い砂』(文春文庫)です。

これ、奥深い話でありまして、新薬の効き目を確かめるための犠牲はつきもので、どこまでを犯罪だと見極めるかは、立場によって変わると思いました。いや、ストーリーとは関係ないんだけど、製薬会社は決して純粋な社会貢献タイプじゃないってこと。独り言です。

手練れとなる前の文体なので、ゴツゴツした感じがそこらじゅうにあるんだけど、未知の分野を丁寧に勉強したというのは充分に伝わりました。

今日、読むのにぴったりした作品です。85点。

 

訪問販売

シロアリ駆除の業者が無料点検だと言って、住宅の床下から「こんなものが出ましたよ」と、虫に巣食われた材木みたいなのを持ち出す詐欺は、昔から横行しておりましたが、老人世帯が増加して、ますますその手口が巧妙になっているようです。

例えば、飛び込み営業に対し、入り口のガードが甘い家庭を見つけたら、ニコニコ親切に近づいて、長期戦に持ち込みます。寂しい老人は、話し相手を求めていたりしますから、利害が一致する。ポイントは、徹底的に褒めること。高そうなモノはもちろんですが、もっと効き目があるのが、内面に斬り込んでおだてることです。物知りであるとか、頭の回転が早いとか。外見も抑えておきます。その年齢にはとても見えないとか、美しい上に品があるとか。子供や孫、クルマなんかも持ち上げる対象です。

そして、築三十年超えの建物には、たくさんのビジネスチャンスが転がっており、メンテナンスの宝庫です。業者同士で情報交換をすれば、合法的な詐欺まがいを実行できるわけです。水回りの配管だったり、屋根瓦や天井の雨漏り、ブロック塀の劣化、リフォーム全般…

 

見積もりで提示していなかった工事を上乗せして請求するなんぞは常套手段で、押しに弱いなんて判断されると、もうやりたい放題。

オレオレ詐欺と違って、外見上は合法なビジネスなので、始末に負えません。

こういう手法は、もともと通常のセールステクニックとして、確立されておりましたが、その土俵を老人世帯に絞り込むことによって、マニュアル化が発達、進化しました。いや、売り手はそのままなんだけど、お客サイドが退化してるってことで、チャンスが広がったんですね。

うーん、どうすればいいんでしょうかねぇ?