都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

天上の葦

その昔、保険会社の駆け出し営業マンだった私は、担当する銀行系列の代理店社長に可愛がられて、いろんなことを教えてもらいました。

あるとき、太平洋戦争の話になって、自分は“タンゲン”であったということを語られます。何のことか分からず、キョトンとする私に、そのことをまとめた本をくださいました。タンゲンとは、短期現役士官の略で、旧制大学卒業者を対象としたエリートを指す、いわゆるキャリアのことで、ノンキャリの兵隊とは一線を画した身分のようです。ちょっと自慢げだったのを思い出します。

その一方で、別の代理店の担当者は、シベリアに抑留された経験があることをボソボソと話します。そのことに比べたら、今はいい時代であると、過去を吹っ切るように多くは話しません。

戦争の話は、それを語る人の置かれた立場や任務によって印象が大きく違っていて、前線で闘った人たちには、それが負の記憶として残り、多くを語らないのと対照的です。無数の人の死を身近で目撃するほど衝撃的なことはないでしょうからね。

 

ロシアのウクライナ侵攻に抗議して、モスクワの放送局のニュースの中で戦争反対の字幕を持ち出した女性が逮捕されたことが大きな話題となりました。ロシア国内では報道規制が厳格に行われていて、政府の都合がいいように伝えられているのがわかります。大本営発表ってやつです。

戦時下の日本も新聞社が軍の支配下におかれ、いつまでも日本軍が勝ち続けているような報道を垂れ流していました。

治安維持法を盾に、特別高等警察憲兵が闊歩した時代、国家総動員法なんて法律もあって、誰にも止めることはできません。撤退は転進、全滅は玉砕と言い換えられていました。それが戦争です。

 

『天上の葦』(太田愛著・角川文庫)は、太平洋戦争を題材にした現代版の長編ミステリーです。作者は水谷豊主演の『相棒』シリーズの脚本家として名を成しておりますが、小説の腕も超一流で、前半部分にたくさんの種を蒔いて、後半で一気に伏線を回収する手法を貫きます。戦争を知らない世代へ向けて、何が起きていたかを解説するような回り道があるので、途中、冗長に感じられるところがあるものの、それはそれで必要な覚書の役目を果たしています。

現代の社会において、政府とマスコミの関係性については深く考えさせられるものでありました。そんな意味からも92点。今だからこそ、抑えておきたい良書です。