同じものをずっと見続けていると情が移るので、善悪の判断が揺らぎます。
例えば、しつこく再放送が繰り返された『コンバット』で育った私は「アメリカ=正義」「ドイツ=悪者」のイメージが植え付けられています。
ドイツ軍を使ってアメリカをヒーローに仕立てる印象操作です。
そういうことに、映画産業が加担していたことは、よく知られていることでした。強いアメリカとか正義の国アメリカって話。なるほどねぇ。
ボーッと生きていると、洗脳されてしまいます。危ない危ない。
そんな意味で「伊賀=正義」「甲賀=悪」みたいな価値観が私の中に出来上がっています。それは、影丸のせい。物心ついてから、ずっと読んでましたからね。ルパンだって、良い人だと思う。そういうもの。
この価値観を決定的にしたのは、『伊賀の影丸』における団体戦システムの導入です。
物語の冒頭に掲載されるチーム影丸と敵対する軍団の星取り表。殺された忍者にはバツが付けられているので、一目で形勢が理解できました。
スポーツの試合を見ているような気持ちにさせられます。紅白歌合戦だって、紅組ガンバレなどと肩入れしますからね。上手いんだよな、横山光輝の煽り手法。その成果は『三国志』で昇華しました。
忍者漫画の第一人者は『カムイ伝』『ワタリ』『忍者武芸帳』の白土三平ですが、影丸に比べてマイナーなのは目付きの差でしょう。影丸の瞳は、キラキラしてましたから。
ただねぇ、それでも横山漫画が頂点に立てないのは、どれを見ても主人公が同じ顔だったところにあります。影丸も正太郎くんもサリーちゃんも。本人も自覚してたんでしょう、人物画が苦手だって。影丸の場合、特に忍者の多くが黒装束で顔を隠すので、ますますわかりづらくなっていたようにも思います。
そこで、ラグビーのジャージみたいに色を変えたのが工夫でした。伊賀者は黒、ビジターは白みたいに。そうやって敵味方をハッキリさせて、対抗色を煽ったのが影丸なのであります。
(つづく)