都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

おバカ考(2015/6/29分加筆の上再掲載)

先日、『踊る!さんま御殿』を見ていたら、サッカー元日本代表の武田氏が「小さいころ、シャンプーとリンスの順番を逆にしていたんだけれど、サッカー部の合宿で仲間のやっているのを見て、自分は間違えていたことに初めて気がついた」という話をしていました。両親が働いていたため、家のことは何でも自分で考えてやっていたからなんだそうです。

ここで、ハタと気がつきました。


   そういえば、誰かに教えてもらわなければ分からないことって、結構たくさんあるよな


ものの考え方がそうじゃないですか。

結論を教えるのは簡単なんだけど、それをどうやって考えるかは、意外に習っていないような気がするんです。大事なことなのに。

 

もうひとつ、『ネプリーグ』の話。

ある女性タレントが“もんく”という漢字の書き取りで、“文”という字の上の点が、そのまま下に突き抜けて三画で“丈”みたいな字になってました。矢吹丈の“丈”です。もちろん、違います。

最初は、若い子独特のクセ字だと思ったのですが、解答を知らされるや「あっ、似てるけど違う」のひとこと。私は、こういう言葉にひっかかります。


   ・「似てる」ってどういうこと?

   ・そもそも、何であんな答えになってしまうのか?


ここはハズれているかもしれないけど、私の仮説です。


   ・つまり、彼女は“文句”の“文”が“文章”の“文”と同じであると認識していない

   ・英単語を覚えるように、一語一語を独立して考えている

   ・しかもそれを、ほとんど紙に書かずに字面をとらえて映像で

 

もし、本当にそうやって考えているとするならば、キリがありません。大変です。

漢字のいいところは、アルファベットと違って文字自体に意味があるので、知れば知るほどいろんな字が繋がって、覚えるのがラクになる。

ところが、字を形でとらえると、これはキリがない。解答を知らされて「あぁ、そうだ」だったら、気になりませんでした。

でも、「似てる」です。怪しいと思いませんか?

もし、そんな思考経路だとしたら、方法が違うことで、随分損をしていたように思います。


最近のいわゆる“おバカタレントブーム”は、いろんなことに気づかさせてくれるので、私にとってはむしろ、観察する研修を受けているような、そんな感じです。

そのように呼ばれているタレントは、共通して、


   ・本を読んでいない

   ・だから、知識がないというよりも、それ以前に言葉を知らない

   ・その代わり、異常なほどに視覚が発達している


という傾向が見られます。

子供を教育するときに「本を読め」と言いますが、それは頭の中で“言葉を映像に置き換える”作業が一工程余計に加わるのがイイんですね。

「辞書を引け」もそう。

ところが、テレビやビデオばかり見ていると、そのままスーっと入っていく。

“置き換える”という工程が抜け落ちる。だから、深まらないんです。だから、粘りがなくなる。

学校の勉強ができない人はみんな、じっくり考えられません。

まぁ、もともとの材料も不足しているんだけど。


“おバカ”と言っても、よくよく見ているとそれは、知識がないだけのことで、いわゆるバカじゃありません。

本当にそうだったら、競争の激しいテレビのレギュラーなんか、続けていられるものじゃないんです。

知識が不足している代わりに、明るいオーラを持っていること、視覚が発達し、空気の読め方が尋常でないこと、運動神経が高くスピード感があることなどなど。


インテリは、自分に都合よくルールを考え、知識がない者を真っ先に斬り捨てようとしますが、どうしてどうして、それは人の持つ一面にすぎないと考えるべきでしょう。

「情報量が不足してる」というだけのこと。「背が低い」っていうのと、たいして変わらない個性のひとつなんです。

だから、ほかの部分もしっかり見ないとその人の本質に迫ることができない、そう思います。