メチャクチャおでこが広い芥川龍之介は、1892年の辰年生まれでした。だから、龍之介。
今みたいな少子化じゃありませんからね。いっぱいいる子供の名前は記号のように付けていました。太郎とか二郎だとかが普通で、十二支の干支からってのも無理のないところでしょう。蛇だと困るけど、辰はいいんじゃないかと。
最初に出逢ったのは、NHKの7時のニュースでした。海外で注目されている日本の音楽家がいるということで、YMO(イエローマジックオーケストラ)が。そのときのシンセサイザーをメインとしたパフォーマンスは、聴いたことのないカッコよさで一発で魅了され、CDを買い漁りました。
その後、『ラストエンペラー』で才能が爆発したのは周知のとおりです。
聞けば、通っていた幼稚園は、全員にピアノを弾かせていて、そこから音楽の道へ進んだとのこと。三つ子の魂百までです、サリーちゃん。
私の幼稚園は、木琴が必修だったけど、木琴にはその先がないってとこが違う。大きな違いでした。
所属したレコード会社は公式サイトで、追悼の言葉として故人が好んでいたヒポクラテスの一節を綴っています。
「芸術は長く、人生は短い」
『戦場のメリークリスマス』は、永遠なのであります。
享年71歳。合掌。