本の雑誌が選ぶ2023年度ベスト10第一位というコシマキに「別格級の傑作」とまで書かれていたので、『存在のすべてを』(塩田武士著・朝日新聞出版)を購入しました。
ドンキホーテやカルディに行っても、POP広告の踊る文字、特に人気No. 1みたいなやつには確実に乗せられています。まぁ、そういうので大きく外すことはないというのが経験則でもあります。
で、この本、本当に優れモノでありました。
何と言っても文章表現が練られているのに驚かされます。例えば…
「(ストーカーが提示した)八十万円という額は、膨れ上がった自分への好意に置き換えられる。それは細菌の増殖のような激しい危うさを孕んでいた」
「勝手に自宅の住所を割り出して押し掛け、理不尽に金を奪おうとする男に漂っていたのは、渦巻いた負の感情が表面張力の限界を突き破ったような猛々しさだった」
「もはや原因や理由は蒸発し、相手を屈服させることに躍起になっている。こんな男に何とかなると思われたことへの苛立ち、丁寧な対応が仇となったことへの虚しさ」
「出会ったほとんどの人は会わなければ自然と忘れていく。だが、特別な人というのは、空白が広がるほどに神秘性を増す」
こういう捻ったのって、イヤな人もいるんでしょうけど、私は好きです。
花火については、こんな風に表現していました。
「佳境に入ると迫力はさらに増した。黄金色の花火が連続で宙に舞い、間髪を容れずに水面付近で同色の光芒が噴き上がる。夜空に破裂音が続いて、立ち昇る煙がゆっくりと闇に吸い込まれていく」
夏井いつき先生は絶賛でしょうね。文章の中に、色と音と匂いが込められているんですよ。素晴らしい。
物語は、平成3年から30年経過して、とっくに時効を過ぎた誘拐事件を、その当時担当していた新聞記者が、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の現在に迫っていくというもの。
登場人物が多く、時間軸が何度も前後するので、途切れ途切れに読むと、良さが伝わりにくいです。思い切って、二日ぐらいで一気読みする覚悟が求められますが、横山秀夫の『64(ロクヨン)』や角田光代の『八日目の蝉』を凌ぐ作品であると保証します。間違いなく映画化もされることでしょう。
最後の方で、育ての親が誘拐した子供へ向けて、言い放った言葉がまた印象に残っています。
「これから世の中がもっと便利になって、楽ちんになる。そうすると、わざわざ行ったり触ったりしなくても、何でも自分の思い通りになると勘違いする人が増えると思うんだ。だからこそ『存在』が大事なんだ。世界から『存在』が失われていくとき、必ず写実の絵が求められる。それは絵の話だけじゃなくて、考え方、生き方の問題だから」
塩田武士、スゴいかも。
【テーマ】タイトル・時代性・学習性 20点
【文章技巧】読みやすさ・バランス 20点
【人物描写】キャラクター・心理描写・思い入れ 18点
【構成】つかみ・意外性・スピード感 17点
【読後感】爽快感・オススメ度 20点
【合計】95点