藤井聡太が注目を集める将棋界に同年齢のライバルが出現しています。
その名は伊藤匠。
二人は小学生のときにも対戦していて、その一戦では伊藤が勝利し、負けた藤井が大泣きしたというから驚きです。
以来、彼は藤井聡太を泣かせた男として注目されていたものの、そこからの藤井が進化するスピードが凄まじく、一気に突き抜けていったのは周知のとおりです。
伊藤匠も普通以上のペースで台頭してきましたが、藤井八冠の壁が高く、プロ入り以降は11連敗を喫しておりました。プロ同士の対局で、ここまで一方的にやられてしまうことは、あまり例がありません。それだけ、藤井八冠の実力が頭抜けていたということなんでしょう。ときにAI(人工知能)の読みをも上回るとされる指し回しは、誰もが認めるところとなったのです。
今どきのトッププロは、このAIを上手く取り入れて、自身の研究を高めているのが常套なのですが、伊藤匠はひと工夫を加えました。
多くの棋士が、その目的を勝つことに絞って追求しているのに対し、彼は持将棋(両者が敵陣に入り込んで引分けとなる)に持ち込むこともOKだとしたのがスゴいこと。現代将棋では、テニスのサーブみたいに先手の勝率が高く、タイトル戦においては、先手番の対局で勝つことがマストとされています。逆に言えば、後手番をどう闘うかが問われるわけで、伊藤匠はこれを引分け(持将棋)で良しと考えたのが発明です。つまり、人工知能が目指すべきゴールをもう一つ設定したってことです。これによって、同じ辞書を使いながら、ワンランク上の機能を獲得し、藤井聡太に追いつきつつあるのが、最終戦までもつれ込んだ叡王戦の真実です。
技術というのは、切磋琢磨して高めていくものだと改めて思いました。一人の天才が、もう一人を覚醒させる。
『盤上のアルファ』(塩田武士著・講談社文庫)は、将棋しか取り柄のない男が一度はプロへの道を諦めながら、数々の出逢いを経て、再度立ち上がるという物語です。こんなのルールやしきたりを知らない読者にウケるのかなと思いましたが、作者の前歴が神戸新聞の将棋担当記者で、いろんな屈折を肌で感じており、至る所に生々しさが表現されておりました。最近でこそ、女流プロも増えて棋士も垢抜けてきたものの、ひと昔前は、社会常識から逸脱した奇人変人の集まりで、その破天荒ぶりが小説の題材そのものであったりするわけです。
いみじくも、書中で「四畳半よりも狭い将棋界」と表現されておりましたが、まさにそんな感じ。
一時的にせよ、どっぷり浸かったことのある将棋指しは、みんな共感できる一冊でありました。
【テーマ】タイトル・時代性・学習性 15点
【文章技巧】読みやすさ・バランス 17点
【人物描写】キャラクター・心理描写・思い入れ 17点
【構成】つかみ・意外性・スピード感 18点
【読後感】爽快感・オススメ度 18点
【合計】85点