都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

同級生の先輩たち

慶應高校は、入学すればそのまま大学に繋がっていて、慶應大学への進学率は98%です。

2%は、他大学の医学部へ行ったり、芸術系を目指したりするんだけど、中には2年連続の留年で放校となるケースもあります。そういうレアな存在をハナタレ小僧(学校から放たれるから)と呼んでいました。隠語です。

ちなみに、各学年で一回ずつ躓く本当に珍しい人のことはニコニコと言います。私の時代、一人だけいました。隠語です。

この留年について、慶應高校は結構シビアで、クラスで2〜3人が相場となっています。一学年がA組からR組まで18クラスありますから、毎年30〜40人ぐらいがこぼれていくのです。なので、ちっとも珍しいことではありません。ドラマ『VIVAN』の制作に携わったディレクターが福沢諭吉の末裔であるにも関わらず、やはり高校で留年しているのが何よりの証拠。特別扱いはナシです。

落第した本人は、その時はそれなりにショックを受けるんでしょうが、このグループの互助会的な横の繋がりが強固で、決して後輩たちに舐められることがないよう、それぞれの立場が守られます。クラス内で決して呼び捨てにされることはなく、◯◯さんとさん付けでの呼び掛けが徹底されるんです。番長みたいな存在の代わりに秘伝のタレのような互助会組織が注ぎ足されていく。ノーマルな子たちを必要以上に脅かしたりはしないけど、バカにしちゃいけないよとの緩やかなルール。生徒たちは、社会が単純でないことを身をもって学ぶのです。

ちなみに、今はどうだか知りませんが、私がここへ通っていた頃は、生徒会長になる人は決まって落第生でした。ニ学年にわたっての組織票を持っていますから、ノーマルな経歴では勝負になりません。各クラスの先輩たちが団結して票の取りまとめを行う。これもまた、世の中そのものであります。人の上に人を作ったりするのも福澤精神の裏メニューなのです。

 

さて、昨夏の甲子園で優勝し、連覇が期待された慶應高校野球部が県大会のベスト16で敗退しました。

去年の2年生エースが残っていましたから、今年もそれなりに行けるんじゃないかと思っていたところ、この投手がまさかの留年。去年の秋から冬にかけては野球どころじゃなかったでしょうから、調整が遅れたのもむべなるかなです。

清原家の次男坊も19歳で高校三年だし、野球部だからと言って特別扱いしないってのがいかにもですわ。そうしないと、秩序が保てなくなる。点は人の下に人を作りますので。まぁ、留年も浪人も似たようなもんですけどね。いや、留年の方が人脈が拡がるのでいいかもしれません。そういえば、私の知る限り落第経験者の方が社会に出てから活躍の場を広げているようにさえ思います。急がば回れなのであります。