ちょっと気取った言葉としてセレンディピティというのがあります。
これは、思いがけないことを発見する能力という意味で、特に科学分野で失敗が思わぬ大発見に繋がった時に使われるそうです。
例えば、戦前の日本人を苦しめた結核は、長く不治の病とされていましたが、完治するようになったのはペニシリンのおかげでした。このペニシリンの発見は、イギリスの生物学者であるフレミングがブドウ球菌を培養中、誤って偶然にアオカビが培地に混入したことがきっかけだったそうです。これこそが、セレンディピティの典型例であり、科学の進歩が偶然の産物によることだってあるとされているのです。
文化系の学問では、過去の優れたものを後世に伝えるのが役目であると考えられ、セレンディピティが起こりにくいとされていたものの、外山滋比古氏はその著『乱読のセレンディピティ』(扶桑社文庫)の中で、本を風の如く読むのが良いと、速読と乱読を推奨しています。
なるほど、本は溢れるほど多いのに、それを読む時間は限られていますからね。
活字中毒者は、どうやって読書を続けるのが効率的で良いのかを常に考えており、その方法論について敏感です。
乱読ってのは、自分に合った読み方であり、すごく得した気分になっています。