下関で暮らしていたとき、毎晩のように通っていた小料理屋の看板娘の息子は、地元ではちょっと名の知れた好投手でした。
彼が小6から高3までの成長を見続けたのですが、両親の熱の入れようはただごとではなく、野球の話ばっか。
特に、母親の熱の入れように驚かされました。娘そっちのけです。
しかしながら、一つ大きな問題がありまして、父親が推定165センチ、母親が推定155センチと小柄だったのが遺伝するかもと。
それでなんでしょう。息子には21時前の就寝を義務付け、毎日牛乳を1パック飲ませ続けます。食事は飲食店なので、とにかく食え食えのご馳走責め。極め付けは、寝る前のマッサージです。何をどうするのかは知りませんが、とにかく生活の大半を野球に捧げている感じがひしひしと伝わってきました。
今どきの野球少年は、中学の部活なんかに入らないんですね。地域ごとにシニアリーグという学習塾みたいなクラブ組織があって、そこへ会費を払って教えてもらうという仕組みが普通です。用具も硬球仕様なので、ちょっと危なかったりします。専用の球場じゃないと出来ません。だから、安全第一の規律が軍隊っぽく厳しくて、子供だけでなく、その親たちもいろんなルールに縛られていきます。やたらと父兄に無償で手伝わせるのも独特で、試合を重ねる土日が忙しかったり、送迎が当たり前だったりします。
そして、素質を認められた選手は、進路相談をシニアの監督に委ねるのが当然のことで、高校への斡旋が常態化している世界です。なんか、不動産取引っぽい。お金が動いているような⁇
小料理屋の息子には、シニアの監督から広島の甲子園常連校へ行くようにと推薦がありましたが、それには従わず、元プロ野球選手が監督を務める地元の高校を選びました。他県での寮生活はやめた方がいいとそそのかした(?)私の意見がちょっとだけ入ってます。
身長が180センチにまで成長した彼は、専門誌でドラフト候補として名前が挙がるほどまでなりましたが、甲子園に行くことはなく、関東の大学へ推薦入学し、今は不動産会社で営業をやっています。簡単じゃありませんでした。
『アルプス席の母』(早見和真著・小学館)は、高校球児の話が母親の目線で描かれた成長物語になってるってとこが斬新です。
配偶者を亡くした関東の人間が、全く知り合いのいない関西で暮らし始めるのも大変だし、親離れ子離れのテーマもなかなかのハードルでありまして、論点がたくさん詰まっていました。
そもそも子供のクラブ活動に、親がそこまで入り込むのもどうかと思うけど、実際にスポーツの強豪校では、サッカーでもラグビーでも当たり前のように父兄の組織化が行われているようです。気持ち悪っ。
学芸会で主役をどういう基準で選んだのか説明せよみたいなモンスターペアレントがいるというのを聞いたことがありますが、ベンチ入りの選手選びについて口出しされるような空気を感じると、監督もストレスが溜まるなぁと思ったりします。
この作品、スポーツエリートの子供を持った親御さんには、バシッと刺さるのは間違いありません。オススメです。
【テーマ】タイトル・時代性・学習性 19点
【文章技巧】読みやすさ・バランス 16点
【人物描写】キャラクター・心理描写・思い入れ 20点
【構成】つかみ・意外性・スピード感 18点
【読後感】爽快感・オススメ度 20点
【合計】93点