チーム発足は、二リーグに分裂した1950年から。当時、本拠地は横浜市じゃなくて、山口県下関市です。
今と違って、その頃の下関は街が栄えていました。親会社の大洋漁業(現マルハニチロ)が、捕鯨に特化した遠洋漁業で隆盛をきわめていたからです。日本人のタンパク源は肉よりもクジラ。だからこそのホエールズなんです。
もちろん食卓にも登場しましたが、何といっても心に残っているのは給食です。献立にクジラの竜田揚げを見つけると、ワクワクしたものです。
ところで、竜田揚げって何でしょう?
ネット検索すると、肉や魚に醤油で下味をつけてから片栗粉をまぶして油で揚げた日本発祥の料理だとありました。
なぜ、そんな名前になったかと言うと、紅葉の名所として知られる奈良県の竜田川の紅葉と唐揚げを揚げた後の色が赤褐色で似ているとの説が有力なんだけど、全然似てません。赤だなんて、クジラの色でしょうか?がわの色はキツネ色です。どうでもいいけど。
ただ、竜田揚げと呼ぶことで、肩書きが立派になっていたように思います。
なんでクジラが安価だったかというと、牛や豚と違ってエサ代がタダだったからです。聞けばなるほどです。
クジラは部位によって臭みが強いので、醤油を利かせて味をコントロールしていました。でも、私は大好きでした。昔は、カロリーを欲してましたからね。今はむしろ、高級食材です。
悪評高い脱脂粉乳も、そんなに不味いだとは思わない。ちょっとだけ甘くって。昔は、甘いものに飢えていたってのもあります。だから、給食で食べ残したことなんて記憶にありません。良い子でした。
そう言えば、磯辺揚げってのもありましたね。ちくわの磯辺揚げ。コッペパンに合わないけれど、アゴの力が付いたような気がします。
なかなか肉が登場しないのが、食糧事情なんでしょう。
最高のメニューは、カレーうどんと揚げパンのタッグ。やはり、肉はほとんど見当たりませんでした。
給食の話は、世代を超えて、二時間ぐらいは語り合えるのであります。