石破茂首相が日本記者クラブ主催の与野党8党首による討論会で、外国人による犯罪や違法行為への対策強化を打ち出しながらも、労働力として受け入れることが必要だと力説しました。
「労働力が足りなくなっていくということは大変なことです。違法な外国な方ではなくて適法な方なんだけれども、この七面倒くさい日本語、日本の習慣、そういうものは日本の政府の負担によってでも修得をしていただいて、適法な方に本当に日本の社会と共生できる形で入っていただける。違法なものは認めない。当たり前のことですが、どういう方に来ていただくかということについて、日本政府はもっと責任を持ちたいと思っています」
言いたかったことには賛成です。
海外から日本へやって来る外国人の多くは、並々ならぬ覚悟を持って、異国の地で働こうとしています。
同じ条件で日本の若者と働くと、彼らの方が優秀であることが多い。真面目さや必死さが違うからです。
ところが、働き手として受け入れようとする企業や雇用主の中には、ロクな教育をせず、そのためになかなか熟達しないことを捉えて、罵声を浴びせるのが結構な割合で存在しています。大学だってそうです。補助金目当てで小学校低学年レベルの日本語力しか持たない留学生の入学を認めている大学。言葉がわからない中で、どうやって授業を行うのでしょうか?
2008年、福田康夫の総理大臣時代に「留学生30万人計画」が打ち出され、それに伴う予算が付けられました。文科省を中心として、そのための数字合わせに精を出したため、中身が空っぽの日本語学校が乱立し、結果は出たもののスカスカな内容になってしまったのです。
だから、仕切り直して、反省の意味も込めて、教育に政府が責任を持つという話。方向性は正しいと思います。
ただし、「七面倒くさい」はよくなかった。本音ではやりたくないってことが透けて見えるからです。
「七面倒くさい」のセブンに使い慣れた雰囲気を感じてしまいます。面倒くさいよりもワンランク上。
石破首相の母親は、国語教師だったそうですから、他のことはともかくも、言葉についてうるさく言われていたハズなんですけどね。
知らず知らずのうちに、上から目線が抜けていないのであります。