笑いの手法で近年脚光を浴びているのが「たとえツッコミ」です。
これを駆使して、世に出たのがくりぃむしちゅーの上田晋也だというのは異論のないところだと思います。
彼の代表作をかいつまんでみましょう。
・「アン・ルイス」と「半ライス」ぐらい違うよ
・かぐや姫ぐらい身勝手だ
・全然乗ってこねぇな、軽自動車でのナンパか!
・なんで女口調なんだよ、土佐日記か?
・全然違うよ、会社役員と会社員役ぐらい違う
いいですねぇ。少しだけテンポが遅れてじわっと来るのが素晴らしい。ダジャレとは一線を画した笑いです。
これ、簡単には真似できません。世の中は圧倒的にボケだらけで、ツッコミに回ろうとする人が少ないってのもあります。返しが強過ぎると嫌われるので、加減が難しい。だからこそ、面白いんですけどね。
人工知能がどんどん進化して、人間様の領域が侵されています。一説には、東大合格レベルをはるかに超えたとも。
文学の世界にも入ってきて、本人に寄せた偽物作家も出てくる始末。クリエイティブの世界も怪しくなってきました。
そんな中、お笑いの台本は、いつまでたっても出来が悪い。どうも、AIにお笑いが消化できないようです。
三谷幸喜が清水ミチコとの対談で「泣かせるパターンには限りがあるけど、笑うパターンは湯水の如くある」と言っていたけど、それだけ笑いは深いんです。今のところですけどね。
新進気鋭の若手作家である朝井リョウの小説は、難解なものが多く、全世代にわたって支持されるようなものではないと思っていましたが、彼のエッセイである『風と共にゆとりぬ』(文春文庫)は、クリーンヒットでした。
自分が属するビーチバレーチームの弱さを「この星にある点を取られるという行為の全パターンを経験し尽くした」と表現したり、ひどく落ち込んだ時のことを「結婚式に新婦が来ないほどに落胆した」と描いたり、早口で聞き取れない主治医の言葉を「まるでバラバラのチョコレートが溶けて一つに繋がったような感じ」と書いたりするたとえツッコミ技法の数々。明石家さんまどころではない露悪的な自己開示も、ギリギリのコースにコントロールされていて心地よい。いやいや久々にいいものを見せていただきました。