都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

考察する若者たち

紅白歌合戦の審査員って、どうやって決めているんでしょうか?

例年は、その年に活躍した人だったように思うんだけど、今回はど真ん中を少し外し、コーナーぎりぎりにコントロールされておりました。

三浦知良(サッカー)

松嶋菜々子(女優)

小田凱人(車椅子テニス)

高石あかり(女優)

仲野太賀(男優)

野沢雅子(声優)

三宅香帆(書評家)

それぞれが、台本の流れの中に組み込まれていて、その後の演出を支える表側の人だったのが新しい。てか、軽めでした。

そんな中、三宅香帆を知らない人は、結構いたんじゃないかと思います。最近、急にメディアに登場した文芸評論家です。喋りが達者だけど、話題になった『好きを言語化する技術』は、話が堂々巡りで面白くありませんでした。だったら読まなきゃいいのにってところだけど、『考察する若者たち』(PHP新書)というタイトルに惹かれ、本年の一冊目に選んでます。上手いんだよな、世間を理解する力が異常に強い。

 

で、中身はまとまりがなく、ボワ〜ンとした内容ですが、若い世代に広がる現象を次々に提示していくスタイルが、とても刺激的でした。

本作で言いたいのは、平成の批評する文化が令和になって考察が取って代わるようになったということです。

いくつか言葉を拾っていきます。

 

・正解主義で育った若者は、短時間で最適解を求めるようになっており、作者がどう考えたかの答えにこだわりを持っている。

・考察とは作者が提示する謎を解くこと。批評とは作者も把握していない謎を解くこと。若い人は解釈を作者の意図として受け取りたいのだ。
・誰かの意見については、フォロアー数・再生回数・いいね数が評価基準であり、コミュニケーション量が常に数値換算されるのが特徴的だ。

掲示板はフォロワーやいいねの数が見えないから報われポイントが低いのに対し、SNSにはそれがある。鍵を握るのは報われポイントだ。

SNSを見続けて間断なく脳に印象を与え続けても、情報は記憶に残らない。だけど、ドーパミンが放出される。刺激を得るからだ。

・最初から親ガチャに当たって、努力すれば成功できるスペックで生まれれば、人生は成功できる。そうでなきゃ決して報われない。

ひろゆきは冷笑派と評されることもあるが、実は庶民派であることを見逃すと、彼が若い世代から支持される理由を見誤る。
ホリエモンの著作が、1を100にする方法が述べられているのだとすれば、ひろゆきの著作はマイナス100を0にする方法を説いていると言える。

・だからこそ、ひろゆきの方が、生きている上で多くのマイナスを抱えた生きづらい庶民に最適解として届くのだ。

・「それってあなたの感想ですよね」は、その意見(批評)が間違っているかもしれないという指摘だ。作者の持つ正解を当てる、つまり考察することの方が意味ありと思われている。

ググるとジピるの違いは、AIが提示した答え以外を知る余地がないところにある。それは考えない人間を作り出す。

・これだけAIが親みたいに振る舞って、正解と最適解の規範が溢れる世の中では、そこから外れた欲望を見つけることで、自分の固有性を発見できる。

 

レコメンドアルゴリズムとかアテンションエコノミーとか、新しい言葉がたくさん出て来てケムに巻かれるようなところがありますが、現代の若者への理解を近づけるのには、格好の教材だと思います。

三宅香帆かぁ。だけど、文章は分かりにくい。脳の構造が違うのかもしれないけど、どうなんだろう?