都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

チャーチマーケティング

昨日のブログで書き足らなかったので、『イン・ザ・メガチャーチ』の話題を付け加えます。

この小説は、閉塞感が漂う世相をいっぱいに描いたもので、世の中が生きづらく、不平だらけになった人に向けて、マーケッターが口を広げているという教訓的な話だということ。スゴい説得力をもって、情報を突きつけてくるんです。

心を揺さぶられた箇所を抜き出しました。

 

・最近の推しはアーティストを消費するという構造に敏感で、自分たちが搾取してるんじゃないかとまで気にするようになっている。

・推し活は苦しい毎日における唯一の息継ぎになっていて、アーティストもファンもお互いに優しさを差し出し合う空気感がある。

・Z世代という括り方は、自分たち世代が解決できず、認識すらしなかった諸問題を丸投げされている感じがするので不快だと若者は思っている。

・アルゴリズムを先回りすることでトレンド入りさせるための攻略法が打ち出せる。誰かが作った仕組みの中に上手く入り込んだ感覚だ。

・最近オタクは恥ずかしいという前提がなくなっていて、むしろオタク心理をわかっていない人が、放火魔並みに叩かれたりしている。

・推しに夢中になるのは、歌とか顔とかダンスとかじゃなくて、そのタレントの物語に引き込まれているというところが大きい。

・アーティストのファン拡大には、熱量の低い百万人より、没入する一万人を創り出すことが重要だ。その方がリターンが大きいのだ。

・選挙では名前を連呼してコツコツ積み重ねていくより、没入する一万人を探り当て、自主的に布教活動に走らせるのが有効だと分かってきた。

・物語への没入というのは、手っ取り早く我を忘れるために有効な手段の一つである。無我夢中であることこそが、楽な生き方なのだ。

・没入した先に仲間がいるのが重要だ。仲間との結束がその人の視野を狭めてくれる。物語への没入は、視野が狭まるということなのだ。

・何でも選べる時代になったからこそ、自分では何も選べず、結局流行に振り回されるという皮肉を感じる。

・この世の中が生きづらく不当だと感じている人ほど、信じるものが欲しいんだと思う。対象を見つけたら、程なく感情移入するのだ。

・本質的でないものに対してこそ、熱量の高い布教が必要になる。相手の視野を狭め判断能力を鈍らせるためだ。

・推し活に励むファンは、同調・連帯という現象と密接である。情報や考察の共有、拡散のために同じ対象を愛する仲間と繋がる傾向が強い。

・母親たちの雑談では、お互いに何かを教え合っている。男に比べやることが格段に多いからだ。情報共有による連帯は、女のものだと言える。

・アメリカでは、宗教右派勢力が礼拝をライブみたいな演出で信者を増やしている。この手法をチャーチマーケティングと呼んでいる。

・アメリカの若い世代は意外にも無宗教が多く、自分の行き場がないのに苦しんで仲間を求めるようになっている。これを取り込もうとするのがチャーチマーケティングの正体だ。

 

小説では、寧ろ(むしろ)という副詞を多用しています。ざっと30回以上出てくると思います。

ここだけなのか、作家のクセなのかは分かりませんが、補足的な表現を加えていくのが理屈っぽさに拍車をかけているのでしょう。

心理学的に言うと、これを多用する人は自己主張が強く、承認欲求や支配欲が強いと分析されます。

これもまた、なるほどなのでありました。