都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

詰むや、詰まざるや

昔の縁日には「大道詰将棋」を扱う専門のテキ屋が出現し、街の腕自慢たちを相手取って、参加料を稼いでおりました。

ぱっと見、簡単に詰んでしまうような図式には、守る側にいろんな妙手が隠されていて、高段者でもなかなか見破られないよう作られています。

詐欺ではありません。正しく指せば、詰むのだから。賞金システムなので賭博とも違う。ただし、同じ相手に二度目は通用しない。だから、寅さんみたいに転々とするのが生きる道です。それと、類似の新作を仕入れること。まぁ、そんなには儲からなさそうです。テキ屋ですからね。

プロの将棋指しは、もっと上のレベルの教科書を使っています。

それが、江戸時代の最高難度とされる詰将棋作品集『将棋無双・将棋図巧』で通称『詰むや、詰まざるや』として知られています。その意味は「詰むか、それとも詰まないで逃れることができるか」と問いかける出題形式を指してのものです。藤井聡太は、プロ入り前の小学生の頃、全問制覇したそうですが、プロでも解けない人がいると言われる極めて難解な問題集のようです。

 

そんなタイトルの野球ノンフィクションが、長谷川晶一の『詰むや、詰まざるや』(双葉文庫)です。1992・93年の日本シリーズ、森・西武VS野村・ヤクルトの14試合を描いたもので、それぞれ第七戦まで持ち込んだ漫画のような展開が、まさに筋書きのないドラマでありました。

勝負は時の運などとも言われますが、投球や打球のちょっとしたズレが運命を大きく左右するというのが痛いほどに分かります。

だからこそ、ミリ単位でのズレを修復する準備を怠らない方が、勝ちに近づいていくのです。

当時、森祗晶率いる西武ライオンズは、選手のみならずコーチにもハイレベルのスタッフを揃え、九連覇を達成した川上ジャイアンツにも見劣りしないほどの不沈空母ぶりを誇っておりました。

そんな西武に対し、野村克也は「ペナントレースが山なら、日本シリーズは川のようなものだ。登山なら、苦しいときに休めばいい。しかし、川の中でじっとしていると流されてしまう。何か手を打たねば向こう岸がどんどん遠ざかっていく」と表現しているのが印象的です。

こういう言葉の選び方が絶妙で、人の心を動かします。技術で劣っているとしても、考えている量で圧倒できる。それが野村マジックの正体であり、弱者の戦略だったのです。

各人の心の動きを徹底した取材力で、浮かび上がらせた筆力に脱帽です。楽しませてもらいました。