ワイドショーのコメンテーターには、職業が不明の謎の人が結構います。
医者とか弁護士だと、なるほど感がありますが、ナントカ評論家とか経済ジャーナリストとか、本拠地を持たない人を見るにつけ、不思議な感情が生まれます。テレビ局は、どこから見つけてきたんだろう? 三浦瑠麗は、結構気に入ってたんですけどね。
その並びに古市憲寿がいます。
当初は、ボソボソ喋る感じの悪い男だと思っていたのですが、そんなに無茶なことは言ってません。むしろ、いろんな社会問題に対し、少数意見であろうとも独自の主張を発信して、田原総一郎みたいな論客が相手でも怯むことなく応戦する態度は、最初の印象が良くなかった分、振れ幅が大きくプラスに動いたようです。売れっ子になりました。
その彼の最新著作が『コミュ力不要の社交術』(新潮新書)です。
AI全盛の時代を迎えるにあたり、人間に求められるのは笑顔であり、愛嬌である。だから、感じよくすることを磨いていくべきだとの主張は、どの口が言っているのかって思うけど、よくよく見ると、キャバ嬢とは真逆に近い、独特の表情を演じているのに気付かされたりします。
小一の三学期、転校した先の中原小学校に馴染もうと、おちゃらけていたところ、友人から「お前、バカだと思ってたけど、結構、勉強できるんだな」と褒められた(?)のを思い出しました。最初の期待値を上げ過ぎると、後で苦しくなる、そういうものです。
文中の「聡明さは孤独と同義だと思う。賢くて客観性のある人ほど話が合う人が見つからないし、他人の心が離れていくのに敏感だからだ」という表現も刺さりました。全てを思うがままにしようとするのは傲慢だということ。熱くならない古市憲寿。他人との距離感がこんな感じだと、結婚しないんだろうなぁ、どうでもいいけど。