昼の一時すぎに、60歳ぐらいの男性が、お店にやって来ました。
「いらっしゃいませ」
「いや、お客じゃないんですけど、私は佐賀で画家をやってまして、美祢のあたりで道に迷って しまい、ガソリンがなくなって…」
「???」
「このままだと、帰れそうもないんです。佐賀まで」
「ガソリンを分けてほしいってことですか?」
「いえ、大変図々しいお願いで恐縮ですが、私の絵を買っていただきたいんです。安くしますか ら。一枚3,000円ってことで」
「…分かりました。とりあえずは、見せてもらいましょう」
要するに、当座のお金を工面したいってことですね。
それにしても、ほとんどお金を持たずに、こんなところまで出てくるなんて。
全く、芸術家という人種は、常人と明らかに違う感覚で生きているようです。
そういや、お店で使っている萩焼の作家も仙人みたいな貧乏暮らしをしていたなぁ。
世の中、才能があれば、異質の価値観で進んでいく、そういうものだなんて思いながら、駐車場に停めたガス欠間際のクルマのトランクから出された絵画を鑑賞しました。
まさか、こんなところでねぇ。
ふーん、結構いいじゃん。
取り出された絵画は六点の風景画と抽象画が一枚でした。
青と緑の色使いが、お店にマッチしそうです。
その中から、「萩の漁港」と「信州・上高地の山々」を購入しました。
画伯は、ホッとした様子でお礼を言いながら、絵画の裏側にマジックで丁寧にサイン。
こういうのって、作者の愛情を感じますね。
これで、六千円じゃ、材料費にしかなりません。
芸術なんて、好きじゃないと出来ないワ。
「これから、佐賀までお帰りですか?」
「えぇ、給油して、まっすぐ帰ります」
「だったら、お食事をしていってください。いい絵を格安で分けていただいたので、ちょっぴりお礼 です」
今日は、仕入れが多めだったので、食べてもらえればこちらも助かります(自分で食べなくていい)。
それに、佐賀まで三時間以上。お腹すくもんね。
この展開をウチのおばちゃんと常連のTさんが、意外そうに見てました。
昔話や落語だったら、この絵が実は傑作でとか、画伯が恩返しにやって来るとかの展開になるんだけど。
今回のケーススタディも、なかなかのいい問題です。これだから、人生は面白い。そう思いませんか?