都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

ジャンルに貴賎なし、されどジャンル内には貴賎あり

  ルールとはあらかじめ定められた八百長であり、
  そして、プロレスはルールにもっとも重みをおかないジャンルである。
  ゆえに、プロレスは八百長からもっとも遠いジャンルである。

敬愛する村松友視氏は、その著『私、プロレスの味方です』で果断に言い放ちました。
そう言われてみれば、「ハッケヨイ」なんて仕切ってる呼吸感は、馴れ合いと見えなくもない。
150キロの肉体が数十秒の間とはいえ、ぶつかってくる恐怖を15日も続けるなんぞ、気合いだけでなんか、乗り切られるもんじゃありません。
そうなると、取りあえずは四つに組みましょうというような暗黙知が絶対にあるハズです。
現に、稽古場でそんな練習ばかり、やってるじゃないですか。

もし、本気同士が闘うとなれば、組む前に相当なぶつかりをかましにいくでしょう。
そんなんじゃ、生傷が絶えない。
だから、事前に星のやり取りをするかどうかはともかくとして、ある程度の約束事は慣例としてあると睨んでいます。

例えば、プロレスでロープに飛ばした相手がその反動で戻ってくるってのは、約束なんです。
そのことによって成立する次工程がいろいろあるから。
相撲でいえば、立合いの変化です。
特に、大関横綱がやることは、ほぼ禁止されている。危ないし、面白くないから。
だけど、そういう空気だって、八百長じゃないか?というのが村松氏の主張するところなのであります。
それって、大変なハンディですよね。
かたっぽは、変わるかもしれない。
実力差が大きかったころは、大した話じゃなかったけれど、全体に巨大化して実力が拮抗している中では、リャンハン縛りの麻雀みたいなもの。
大関になると弱くなるのは、そんな理由からだと推理しています。

いえ、何が言いたいかというと、相撲はプロレスのような興行へ向けて、生まれ変わってほしい。
国技だとか神事だとか伝統だとか、忘れましょう。

負け越すと、モチベーションが落ちるので、トーナメントを基本に。
外国人枠を撤廃して、世界選手権・五輪を目指す。
国別対抗戦なんてのも、いいなぁ。
面倒くさいNHKと決別して、民放からゴールデンタイム進出を企む。
力士には、それぞれスポンサー企業を付けて、どんどんCMを流す。
年寄株の代わりに飲食店の権利書を発行し、オフの日には店に出るよう仕向けてファンとの交流を図る。

なんか楽しそうだと思うんだけどなぁ!?