都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

グレン隊

ダルビッシュ投手の大リーグへの移籍が遂に決まりました。
高校時代、パチンコしながら喫煙していたことが発覚して卒業が遅れた上に、プロ入り後のキャンプ地でも同じことを繰り返した過去があります。
普通の神経ではありません。
196センチの体躯にあの風貌ですから、誰が見てもダルビッシュ
かなりいっちゃってるって思っていましたが、次元が違っていたってことだったんですね。
って言うか、年を追うごとに、立派になっていったように思います。
やはり、立場が人を作る。
日本ハムという球団が、監督コーチを含め、しっかりしていたことも良かったのでありましょう。
大活躍を期待しています。

さて、この交渉過程で、聞き覚えのある名前が出てきました。
背番号11を譲ってくれたコーチ、スコット・クールボーです。


1995年阪神淡路大震災後、タイガースへやって来た助っ人は、グレン・デービスとスコット・クールボーでした。
グレンは、大リーグ通算190本塁打の大物で、来日時に震災に対するチャリティーとして、本塁打1本につき5万円、打点1につき1万円を寄付すると表明。
これに、彼の同郷の友人であり、アフラックCEOであるダニエル・エイモス氏が企業として同額のマッチング・ギフトを行うことも分かりました。
つまり、グレンが打ちまくれば、被災地に大きなお金が贈られるという仕組みです。

なんだか楽しくていいかも。

アフラック日本社の広報部にいた私は、こういう試みをさらに後押ししたいと考え、社員に対し、グレンの本塁打1本につき50円、打点1につき10円の寄付を行いながら、同選手を球場内外で応援する会員を募集しました。
当時、社員数は1500人くらいだったと思いますが、300人以上の社員がこれに賛同。
神宮・名古屋・甲子園・広島の外野席に大きな旗を持ち込んで、応援ツアーを組んだのです。

その名は『AFLACグレン隊』。

テレビやスポーツ紙で話題になりましたが、今思えば、これはどうだったか。
ちなみに好きな落語家は、立川談志師匠でありました。
全員からの理解は難しいねぇ。
古きよき時代でありました。


シーズン終了後、両選手と共に赤十字社に行ったのを覚えています。
弟分であるクールボーもこの企画に引き込まれたらしく、そういうのって断れないなぁと思ったりして。
そのときの彼の人なつっこい笑顔は未だに忘れられません。
そうか、今はレンジャースのコーチなんだ。
懐かしいねぇ。