都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

PPK

高3の春、長い休みを持て余して、長野県の志賀高原で地元ホテルが経営するリフト小屋のアルバイトを40日にわたって経験しました。
日給は、わずか3200円と少なめなものの、終了間際のリフト乗り放題が魅力で、上手くなりたい大学生が数人おり、いろいろからかわれておりました。
しかしながら、戦力の中心は、出稼ぎのおじさん達です。
地元のリンゴ農家が多かったようですが、なるほど、そんな風にして、生計を立てているのだなと学習した次第です。
スキー場というのは、便利が悪いところにありますから、職場として通うことができません。
ホテル直営ですから、従業員が寝泊りするのは、二段ベッドが四つあるだけのいわゆるタコ部屋でありました。
そして、食事。
ここの賄い食が悲惨でありまして、毎日がほとんど同じメニューです。
朝はご飯・味噌汁・タマゴ・鮭の塩焼き・野沢菜
昼はカレーライス・味噌汁・野沢菜
夜はご飯・味噌汁・干物・野沢菜
とにかくご飯・味噌汁・野沢菜が食べ放題なんだけど、結局、大嫌いになりました。
野沢菜のこと。
野沢直子も嫌いなぐらい。
まぁ、タコ部屋の食事なんて、こんなものなんでしょうね。
どんぶり飯にどんぶり味噌汁で、ボリュームを保証。
あとはまぁ適当にやってくれと。
今から40年前の話でありました。


そういう現実を変えようと、長野県では本格的な減塩運動が始まりました。
昭和56年のことです。
「味噌汁は一日一杯」「そばやラーメンのつゆは半分残す」「漬物は一日につき小皿一杯」など具体的な数値目標を掲げ、県民に徹底させたのです。
もともと野菜の一人当たり消費量が全国一であったことと、教育県として有名な真面目さも手伝って、このほど都道府県別平均寿命で男女とも一位を達成しました。
長野県は、そのほか医療費も低く抑えられており、PPK(ピンピンコロリ)運動が広まった成果であると胸を張っています。
やっぱ大事なのは、教育だねぇ。