都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

おしゃれなホームレス

最近になって、人気復活したのがタレントの太川陽介氏です。
テレビ東京の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』が大ヒットしたためで、どこに行ったかよりも、番組内の目標に向けて、必死に頑張ろうとする姿が共感を呼んでいるということ。
一緒に旅する仲間である蛭子能収氏が、すぐに弱音をはいて、諦めようとするのを怒り出すことなくやんわりと説得し、前向きな気持ちを維持し続ける姿が、今どきの理想の上司像に重なって、ポイントを得ているというのが専らの評判です。
この状況が成立するには、どうしようもなくダメな部下が必要なわけで、それが蛭子さんの役目だと。
もちろん、本人にそういう使命感はなく、むしろ、そういう状況に陥れば誰だって同じように思うハズで、自分は正直だから、口走ってしまうと考える。
そういう人って、芸能界でバラエティ部門に関わる人には、ほとんどいません。
何故って、バラエティ番組における出演者に要求される黄金律は、“空気を読む力”だからです。
視聴者や制作担当者は当然のこととして、司会者が進めやすいように、展開を先読みして、バランスを保つ偏差値が高い人、それがバラエティタレントなのであります。
そんな中で、蛭子氏は例外。
こういう存在は、業界に一人で十分であり、このポジションについて、他の追随を許さないのです。
おそらく、本人はそのことに無自覚であり、演じていないってことで、誰にもマネできないわけです。


彼の近著『ひとりぼっちを笑うな』(角川書店)は、驚くべき内容でした。
腰巻のコピーには、「人づきあいって必要ですか?」とあり、蛭子流・内向的人間のための幸福論と続けられているんだけど、自分の子供や孫でさえ、ほとんど興味がないと言い放つ彼の主張は、誰にでも受け入れられるようなものではありません。
自分がされてイヤなことは、他の人に対して絶対にしないというのが彼の基本ルールでありまして…
例えば、彼はテレビ番組出演の際に、事前の楽屋挨拶を全くしないと言います。
それは、自分がされるとイヤだからです。なるほど。
友だちから何かに誘われたりすると、自分の自由時間を奪われる。
だから、友だちは作らない。へーっ。
俗に言う“プライド”のようなものは持たない。
むしろ、所属する集団の中で、自分が最も低い位置にいると考える。
そうすれば、傷つくことが少ないし、ちょっと褒められただけで嬉しい。
…。そうか、ないんだ、プライド。
これは、誰にもマネできませんね、納得。                 
格好付けてるって思われるとイヤだから、オシャレはしない。
そんな有り様を明石家さんまに“オシャレなホームレス”とからかわれます。
これも平気。そう見られたいって思っているから。     

他人を減点法で評価する人は、彼のことが大嫌いです。
だけど、見方を変えると類い稀な存在であると気付かされる。やっぱ、凄いんだよなぁ!?