自慢になりませんけど、大学時代はほとんど勉強をせずに遊んでばかりいました。
そんな私でも、3年になると、就職に有利らしいからと漠然とした動機でゼミに入ります。
もともと何を学びたいなんて志がありませんから、どこのゼミに入ったらいいのかすら分かりません。
そこで、たくさんの教授の中で、自分と同じ名前の「健」だからというあり得ないような理由で、近代法制史のMゼミを選びました。
ないよりは、あったほうがいいという考え方。
まったくもって、呆れるほどいい加減ですね。今とたいして変わりませんが…。
このとき、初めて卒論なるものを仕上げるわけですが、図書館でいろんな文献をつなぎ合わせ、三日でやっつけました。
ある意味スゴい。
そうは言っても、ゼミ仲間も似たようなものでした。
何せ近代法制史ですから、知ってたところでほとんど役に立ちません。
覚えたのは、お雇い外国人という言葉とボアソナード(日本近代法の父)って人がいたことぐらい。
非常に高い授業料でありました。
しかしながら、社会に出て、このスタイルは通用しません。
40万円払ってますから。
今さら卒論ねぇ。
もともとが、これを学びたいという気持ちがないままに、現実の仕事をさぼりたいという一心からの参加なので、こういうときに痛い目を見ます。
しかも、論理的な文章を体系立ててまとめた経験がない。三日ですから。
絶望的な気持ちになりながら、『マーケティング・エッセンシャルズ』を読み返しました。
すると、ひとつの文章がキラキラと目に入り込んできたのです。
マーケティングの目的は、販売を不必要なこととすることにある。
目からコンタクトレンズでした。
『企業の目的は顧客創造である』というのが永遠の真理であり、その目的を達成するための機能としてマーケティングとイノベーションがあるならば、保険金支払いを次の販売に繋げるという考え方だってアリだ。いや、マーケティングの考え方を支払い部門に応用してみよう。
そういう目で読み返してみると、一つひとつのセンテンスが新鮮に響くようになりました。
何というか、そのまんま読むんじゃなくて、フィルターにかけるようなイメージです。
そうだよなぁ、みんな、そうやってるからこそ難解な文章が読めるんだと今さらのように納得。
「成熟市場化におけるマーケティング戦略の視点」と題した卒論は、支払い部門ならではの切り口で、高齢者がターゲットとなり得ることと受給者の組織化を急ぎたいとの結論を得て、無事に書き上げました。
(つづく)