都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

神は細部に宿る

建築業界のことばで「神は細部に宿る」というのがあります。
「細かなディテールを疎かにしては全体の美しさは得られない」とか「細かくこだわった細部こそが作品の本質を決める」のような意味であり、遠くから眺め見ることの多い、大きな建造物だからこそ、こんな教訓が出てきたようにも思われます。
作家気取りの私は、表現者の端くれとして、この言葉が気に入っており、文章表現において、実は結構細かくこだわっています。
 
8月に入社したビルメンテナンスの会社では、現場の清掃や管理の仕事とほど遠い『指定管理者への応募申請』というゼミの卒論をまとめ上げるような業務を連日続けています。
指定管理というのは、小泉改革の一環として挙がってきたテーマで、いわゆる「官から民へ」の流れの中で、公務員が運営していた公的な施設を民間に委ねようとする大きな動きがあって、当社のようなビルメンテナンスの業界がいち早く動き出しました。
いわば、役所の代行業務なのであります。
公的な施設には、陸上競技場や体育館みたいなものから市民ホール・文化福祉会館みたいなもの、あるいは大規模な公園など、その形態はさまざまで、ビルメン以外でもミズノやアシックスみたいなスポーツ用品メーカー、あるいはイベントの運営を得意とするような音響照明の会社や広告代理店みたいなところが、虎視眈々と狙っている、そういう世界です。
一度、認定されると、長いもので5年間の運営を任されるので、その安定感は企業にとっての大きな魅力となります。
しかも、そこでいい関係性を築くことができれば、その先が続いていく可能性も大きい。

応募のあり方は、役所サイドが予め課題を提示し、申請者はそれに沿って、自分たちの考えていることを大体50~80ページくらいにまとめ上げるのです。それが一次審査。
単独で応募する場合もあるけれど、ある程度の規模になってくると一社では手におえなくなるので、複数の会社がジョイントで申し込むようになります。
  
役所の年度は、4月からなので、議会の承認を得る必要もあって、多くの施設は前年の
10月ごろに応募申請が集中します。
私の会社は、チャンピオンとして防衛する側が一件、挑戦者として風穴を開けようとするのが三件。三件は、すべて他社とのジョイントです。
応募書類に表現を落し込んでいく作業では、一つの完成品を基に、数字や名前をちょこっと変えて、使い回せばいいのでは?と思うかもしれませんが、そこは異性を口説くのと同じであって、相手が変われば、求めてくるものが微妙に違い、そのチョッとしたズレが全体のテイストにも関わってくるというような繊細さを(この業界のこの作業は)持ち合わせているのです。
そうしたことに無頓着な人(会社)も多いです。それは、自分に自信があるからだと思います。そんな人(会社)に限って、小さなところに目を向けようとしません。
 
たとえば、一つの論文の中で、漢字の使い方に統一が取れていなかったりします。
「下さい」と「ください」「致す」と「いたす」「頂く」と「いただく」「参る」と「まいる」「又」と「また」…
キリがありませんが、こういうのを「どっちでもいいじゃないか」と思ってしまうと話にならないのです。それは、読む側に違和感が残るから。
つまり、統一性が取れていないところに、申請者が一人(一社)で書いていない、あるいは、最後に責任ある校閲を行っていない、(チームとしての)まとまりがないというような印象を与えるのです。
応募申請を複数の企業体で行った場合、そんなところにチームとしての綻びが見えたりするのです。いわく、このチームでは意思決定が容易に行われないのではないかと。
  
この手のレポートは、書き終えた後の冷静なチェックこそが重要であって、やり遂げた高揚感から自分に対する点数付が甘くなる人には、大きなチャンスが巡ってきません。
そして、指定管理の闘いは、そういう次元で行われており、かつ、そこに気付いていない人(会社)もまた、たくさんいるということ。楽しいねぇ。
  
「神は細部に宿る」 仕事の本質を語る深い言葉だと思います。