都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

ドリトル先生

私が初めて読んだ漫画は、少年サンデー誌の『伊賀の影丸』(横山光輝・著)です。
由比正雪の巻で、いい者(?)の左近丸と悪者(??)の五十鈴大作が相討ちとなったシーンは、未だに脳裏に焼きついています。
普通の人間には絶対にできないような技が、忍者だからのひとことで片付けられるのは、漫画ならではの世界であり、当時はいろんな忍びが誌面を賑わせておりました。
その中でも、『伊賀の影丸』人気は相当なもので、木の葉隠れとか言って遊んでいたのを思い出します。
敵味方いろいろいる中で、異色の存在は梟(ふくろう)の甚内です。
彼自身の身体能力は大したことないんだけど、梟たちと会話することができて、これらを自在に操ることで、相手を追い詰めていくという手法でありました。
しかしながら、最期は梟の習性を逆利用されて、敵方の忍者が用意した大量のネズミに気を取られたスキにやられてしまうというアッケない幕切れです。ま、どうでもいいんだけど。


先日のニュースで、シジュウカラのさえずりがその組み合わせによって、意味を持っていることが分かったと言ってました。
つまり、鳥語が解明されたらしい。
これ、どんどん応用が利いていくんでしょうね。
鳥の次は、犬だ猫だと。
すごいですね、動物と会話が成立する。
だけど、もし、本当に言葉が分かってしまったら…

  「こんなマズいもん、食えねぇよ」
  「このクソ寒いのに、いつまでも外に出してるなよ」
  「××××(シモネタ)」

もはや、ペットじゃありません。
核開発みたいなもんで、なんでも突き詰めればいいってもんじゃないと、ぼんやり考えました。