静岡県を代表する歴史上の人物と言えば、徳川家康に今川義元、そして清水次郎長だと思います。
次郎長親分が有名なのは、三代目神田伯山の講談で取り上げられたためで、「バカは死ななきゃ治らない」とか「寿司喰いねぇ」とかの言葉選びが素晴らしく、そのせいで実在しないとも思われがちですが、実際に強烈な影響力を持った海道一の大親分でありました。
清水港の警護を任されたり、お茶の販売促進に貢献したり、富士裾野の開墾を一手に引き受けたりと、事業家のようであるものの、実態はヤクザ組織のトップが表の顔だったのです。
そもそも港湾廻りには、経済活動による動きが活発化するので、有象無象が暗躍します。船乗りの板子一枚下は地獄ですからね。肝の座った野郎が大勢います。それを引き締めるためには、警察だけでは手が回りません。蛇の道はヘビということで、バランス感覚のある任侠組織がむしろ必要とされたのです。正しいヤクザ、それが次郎長親分でありました。
ヤクザの矜持は、かたぎの衆に迷惑をかけないこと。暴力団とはそこが違う。今野敏氏は、そこのところを書きたくて、任侠シリーズを上梓しています。
『マル暴甘糟』(今野敏著・実業之日本社文庫)は、シリーズからのスピンオフ企画。事務所に出入りするマル暴担当の弱腰刑事にスポットを当てています。
童顔の主人公は、腕力に自信があるわけでもなく、辞めたくてしょうがない仕事なんだけど、これがヤクザサイドの受けがいい。北風と太陽のような展開に持ち込んで、平和裡に解決を図っていくのが新しい。ほっこりするストーリーでした。90点。