都会のネズミと田舎のネズミ

読書ネタ、スポーツネタ、お笑いネタ、時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。ハズレよりもアタリを読んでください。

数の論理

私たちが子どものころ、ヒーローはいつも苦しい場面からスタートしていました。

それは、力道山が形を作っていたようにい思います。自分より大きないかにも栄養が良さそうな外国人レスラーを悪役に仕立て、始まりは一方的にやられていながら、突如として目覚めると、効き目の薄そうな空手チョップを連発し、意外と大きなダメージを与えて、奇跡的に逆転する。

そう来なくっちゃねぇ、戦争、負けたんだし。

 

男の子にとっての闘いは、ひるまない気持ちから始まっていました。だから、ヒーローものの基本は、数的に不利であることだったのです。

仮面ライダーがショッカーたちを次々に投げ飛ばし、溜飲を下げる。だからこそ、消しゴムやスナックが売れるわけです。

ところが、いつのころからでしょう?

セーラームーンだとかゴレンジャーだとか、善玉側の人数が増えたのは?

元々は、か弱い少女たちが力を合わせることで、巨悪に立ち向かうことに始まったように思います。

だから、イオンモールのキャラクターショーでは、予算の関係もあって、悪者を大勢で寄ってたかって、必要以上にボコボコにすると言う図式が成立してしまいました。

だけど、これはイジメを助長しています。

そうでしょう?普通に考えると、人数が多い方が勝つに決まっています。そんなの教育上、好ましくない。そして、それではドラマにならない。

しかしながら、なっちゃってます。

 

最近の若い人が、勝ち馬に乗る傾向が強いと聞きましたが、それはイジメ側が多数派だから。セーラームーンの影響です。

だけど、多数派に所属すると、考えなくなります。

選挙だってそう。多数派は、新機軸を打ち出しません。そう言うの、良くないんだよなぁ。