都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

悪果

その昔、生命保険会社の支払い査定部門に勤めていたとき、ベテラン社員の私は保険請求をしたにも関わらず、支払えないこととなったお客様への折衝の仕事を与えられておりました。いわゆる告知義務違反というやつです。低額の保険は、加入時に医師による診察がない代わり、書面で健康状態を申告してもらうわけですが、そこへ正しく記入されていない場合、保険会社は支払い請求を拒否できます。

しかしながら、それを納得してもらうのは簡単なことでなく、電話交渉で埒があかなくなると、現地へ赴いて面談となったりします。

中でも厄介な相手は、警察関係者でした。

忘れもしないH県警の男。誰がどう見てもダメなケースと思われましたが、交渉の終わりにこんなことを言ってきたのです。

「あんたの言うことは分かった。だけど、世の中には裏と表があるんじゃないの?」

 

ゾクっとしました。

金額が定められている生保では(損保と違って)結論はゼロか百のどちらかなんだけど、会社側にも非がある場合、示談として歩み寄ることが例外的にあります。ただし、それは非を認めるわけですから、やりたくない。ましてや、そのケースは譲る余地が全くもってなかったのです。

それでも、どこかにスキがないかと諦めない。そして、裏があるのが当たり前だと。いやぁ、言葉尻も含め、舐め回すようなケチの付け方は、悪の手先にしか見えませんでした。聞けば、普段は背中に動物の絵が描いてあるおっかない人たちと向き合っているんだとか。強い言葉でえぐっては、急に優しい口調に豹変したりする。失言を引き出そうとするテクニックは、相当なものでありました。

 

黒川博行氏の『悪果』(角川文庫)は、暴力団犯罪対策係の男が主人公で、勧善懲悪とは別の価値観を提起する異色作です。

今では法律が整備されて、昔ほど酷くはないんでしょうけど、その筋の人たちと向き合って渡り合うのにお金が必要なのは間違いありません。

そういうのを経費で落とせるハズもなく、活動経費を捻出するため、現場の刑事たちは、いろんなことを考えます。そのノウハウが、たっぷり詰まっているのが本作ですが、悪いやつからだったら、不当に巻き上げてもいいと思うようになるのが怖いところ。なんか、イジメの心理と似たようなところがあって、気がつくとドキドキします。

善悪の判断は、それを見る人の場所によって、微妙に変わるものだと納得してしまいました。

それにしても、どんな生き方をしたら、こんなリアルが描けるんでしょうか? 後味も良く面白かった。88点。