定番のお正月番組が消えていく中で、94年から続いているのがNHKの『初笑い東西寄席』です。
視聴率のことよりも寄席文化という形を重視していて、漫才・コントは当然のことながら、落語にマジック・曲芸などにも気を配り、東京に偏ることなく大阪の芸人も、そしてふた昔以上前の大御所だった人たちにも声をかけて、ごった煮を作り上げています。
ここで思ったのは、漫才師に対する落語家たちのリズムの違い。
最近のお笑い界は、競技漫才の影響でスピード勝負になっていて、短い時間でどれだけハネさせることができるかを競い合っています。
状況設定を行った上で、登場人物に色をつけていく中長距離型の落語芸とは相性が悪い。
両者が一緒に舞台に上がると、そこのところが際立ってしまいます。面白い人とそうでもない人だと。
ビートたけしらが漫才ブームを起こしたときは、危機感を覚えた桂三枝や桂文珍らが新作を演じることで、対抗していましたが、そういうネタ作りが好きな人はみな、漫才コントへ流れているようで、落語ファンとしては寂しい限りです。
似たような話が『紅白歌合戦』にもありまして、演歌の存在が落語と似ていて、同じ土俵に並べたら霞みますよね。コミック雑誌に小説が混ざっているような、そんな感じです。
そこで、気がついたんだけど、そうなってしまう原因は演者じゃなくて見る側にあるってこと。
つまり、若い世代がスペシャリストばかりでゼネラリストが育っていないんです。あることについてはメチャクチャ詳しいけれど、興味のないものは全然知ろうとしない。それがZ世代。
とするならば、受け身ではダメで、落語の魅力を伝える神田伯山みたいな伝道師を育てねばなりません。
『笑点』というキラーコンテンツがなくなってしまう前に、落語界全体として人材のテコ入れを図るべきです。協会の存在が弱い、弱過ぎる。
若い世代に活躍の場所を与えないと、文化が死に絶えてしまうと思うのであります。