矢吹丈と力石徹は終生のライバルでした。阿部一二三と丸山城志郎もそう。羽生結弦と宇野昌磨もですね。
時代が重なると、否が応でも意識します。同期や同世代のこと。
将棋の世界がまさにそれで、天才たちが小学生時代からずっと関わりながら生きていきます。
だから、簡単に相手を認めるわけにはいかない。野犬同士の闘いにも似て、向こうの方が強いと思った瞬間に喉を食い破られてしまうようなところがあるからです。それが、60歳あるいはそれ以上まで延々と続く。憂鬱な話です。気楽な稼業であるように見えて、結構、隠にこもります。情緒を保ちにくい。
羽生善治という不世出の名人がおりながらも、なんとか折り合いをつけて、それぞれが存在をアピールしながら棲み分けてきた将棋界に、藤井聡太なる怪物が現れて、一気に生態系が崩されました。
自分より年齢が下の絶対王者がいるということで、未来に希望が持てなくなります。
最近、流行の言葉に「藤井曲線」というのがあります。
これは、人工知能による局面判定が一度藤井有利を打ち出すと、そこからブレることなく優勢を拡大していくということ。つまり、少しでも緩んだ隙があると、そのままバッサリやられてしまうってことで、藤井聡太を相手にすると逆転勝ちがほとんど望めないのを意味する言葉なんです。
やられるパターンは二つあって、いいところまでいったんだけど、ほんの小さなミスでうっちゃられるケースと、そんなに悪い手は指していないのに、いつの間にか負けていたの二つ。特に、後者は後遺症が残ります。
なんだか生気を奪われたように精彩を欠いて沈んでいくケースが出始めました。それだけ実力差が出てしまうのはレアなことなんですけどね。
ライバルが存在しない絶対王者の敵は、業界じゃないところにあるような気がしています!?
ところで、新聞の凋落は将棋界にとって由々しき問題です。契約料に一辺倒の経営からの脱却を考えねばなりません。