小学生のころころ、尊敬する人物の筆頭は「新手一生」を掲げた将棋の升田幸三九段でした。
当時、無敵の大山康晴名人に対し、互角の闘いを挑み続ける攻めの棋風は創造性に溢れており、『升田の将棋シリーズ』をむさぼり読んだのを覚えています。今と違って将棋指しのステータスが低かったのは、風貌が汚らしい升田幸三のせいだったような気もしますが、逆にそれが頓着しない一途なカリスマ性を醸し出していたようにも思います。
一日に300本を吸うヘビースモーカーだった彼、さぞや存在が迷惑だったでしょうが、まるで息をするように、のべつ煙を吐き出していました。
軍隊時代にこんなエピソードがあります。
鍛錬の時間で銃剣をやらされていたときのこと。当初は古参兵にボコボコにされていましたが、あるコツをつかんだところ急に負けなくなったといいます。そのコツとは、相手が息を吐いているときにスキができるってことです。多くの人間は、息を吸い始めた瞬間に無防備になるということに気が付きました。だから、相手の様子を注意深く見るのだと。ただし、冬場とそうでないときとでは、状況が一変します。分かりますよね?
その経験は、将棋に活かされます。
相手がタバコを吸いまくれば、負けじと吸うのが喫煙の呼吸。タバコなんて今では考えられない話ですが、昔は当たり前の世界でした。
このとき、相手が煙を吐き出す瞬間に次の一手を繰り出す。
そういうのも、技のうちだと考えられていました。番外戦術です。
(つづく)