都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

殺したい蕎麦屋

私の読書は偏っていて、芥川賞を受賞するようないわゆる純文学は、全くといっていいほど手にしません。
どちらかといえば、直木賞派。
とはいえ、小説を読むときは、潜水に臨むように、まず、大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと踏み出していく感じ。
気合を入れないと、なかなか進まないのです。

それに対して、抵抗なく読み進めるのが、エッセイの類。
いつでも止められるのと、並行して何冊も読めること、そして、いろんな作者の考え方に触れることができるのが、性に合っています。

きっかけは、椎名誠でした。
『さらば国分寺書店のオババ』に始まり、『哀愁の町に霧が降るのだ』の三部作。その交友関係から、東海林さだお村松友視伊丹十三篠原勝之へと広がっていきました。
何より、影響を受けたのは、その文体です。
脱力系とでも言いますか、独特の言い切り型で、独自の擬態語を駆使する手法は、文章に何の形も持たない私には、スコンスコンと入っていきました。難しい言葉を使うときは、恥ずかしそうに言い訳したりして、「大学は出てないけど賢いもんね」的なイメージ。
ハマりました。

先日、久々に手にしたのが『殺したい蕎麦屋』(新潮社)です。古民家風の気取った蕎麦屋が気に入らないという内容であり、殺したいというのは、独特の比喩表現。確かにそういうのありますよね、ちょっとしかないのに値段がバカ高いお店。
ムッとした感情を外には出さないけれど、文章で吐き出すのが独特の流儀です。
そういうのをまともに受け止めて、怒りだす人もいるようですが、そんなの関係ない。
なんでしょうね、そういうの。
日常生活のあるあるについて、メッセージをキリっと打ち出す人って、面白いんだよなぁ。