新しいセクションは、他社の動向を知ることから始まりました。
バブル後ではありましたが、それでも社会が成熟しており、大きな企業は『社会貢献』に強い関心を寄せるようになっていたのです。
そういうのもアメリカの影響なんでしょう。フィランソロフィーとか尊敬される会社とかが流行りの言葉で、そこに力を入れるかで、企業の胆力が試されていたようにも思います。
1月17日、日本中が引っくり返るような事件が起きました。
阪神・淡路大震災です
当時は、通勤のため、5時半には起きていたので、ハッキリ覚えておりますが、東京都多摩市のマンション14階の自宅で、ドーンという地鳴りのような鈍い振動を感じたのです。
そのときは、どこかで大きな地震でもあったのだろうと捉えておりましたが、まさかあんなにスゴいことになっていたとは…
新聞を読み漁って、社内に向けてのメッセージを模索しておりました。
新設部門ですからね。何かやらなきゃいけないんだけど。
この震災から10日ほどして、社長から内線電話がかかってきました。
「若林さん、どうしてそこにいるんですか?」
「……」
会社にいないのならともかく、いることを否定されるなんて…
いえ、社長からすれば、こんな大事件が起きたにも関わらず、企業の窓口が何の動きも見せていないのは、けしからんということでした。
んなこと言われたって、被災地に出かけたところで何が出来るわけでもないし…だけど、社長が直接答えを求めてきたし…
上司には適当に答えておけと言われたものの、困り果てた真面目(?)な私は、二年前まで所属していた山口県・徳山JCの仲間に情報交換のつもりで連絡を取りました。
そのときの私の頭には、ボランティアといえばJC(青年会議所)でしたから。
すると、近々有志が被災地へ炊き出しに向かうとのこと。
早速、メンバーに加えてもらいました。
(つづく)