都会のネズミと田舎のネズミ

時事ネタを拾いながら、笑いの方向へと導きます。3打数1安打を目指しています。

三浦瑠璃と古市憲寿

「語彙」という言葉に接したのは、二十歳を過ぎてからのように思います。

そもそも「彙」なんて漢字、学校では習いませんでした。腹違いの弟が、突然現れたような感じ。それまでは「語彙」の代わりに「言葉」を代用しておりました。イコールじゃないんですけど、通じればいいと。

それが認知され始めたのは『タモリボキャブラ天国』ではないでしょうか? ボキャブラリーが先の語彙が後。海外で認められて、日本に凱旋したような単語が「語彙」であると考えています。

2010年の改正で「彙」が常用漢字に加えられ、今では中学で習うそうですから侮れません、恐るべき子供たち。言葉がその人自身を作り上げるのであります。

 

一般に成人の日本人は、4〜5万語を理解していると言われています。これを理解語彙と言います。これに対し、使用語彙は自分が使うことのできることばの集まりです。誰でも、理解語彙のほうが使用語彙よりも範囲が広く、使用語彙数は1〜2万語が平均的な相場です。

それを超えた語彙の使い手は、賢いと思われる傾向が強いでしょう。

テレビのコメンテーターとして活躍している三浦瑠璃さんは、そこのところをよく分かっていて、専門家へ向けた言葉と茶の間へ向けたメッセージとで、語彙レベルを使い分けています。そこが、古市憲寿氏と違うところで、彼の場合、その区別がありません。

その違いがどうして出るかというと、周囲に違うタイプの人間がいるかどうかの違いなんです。例えば子供やカタコトの外国人と話すとき、同じ調子では話しませんよね。それです。独身で一人暮らしを貫いている人は、そういうところでボロが出るのであります。どうでもいいけど。